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  • サッカー太郎

長谷部誠【海外で活躍する日本人選手】


【プロ入り前の経歴】

1984年1月18日に静岡県藤枝市で生まれた。

青島東サッカースポーツ少年団、青島中学校を経て、藤枝東高等学校に入学し、2年の終わりからレギュラーとしてプレーし、当時はトップ下で出場していた。

高校時代に全国高校総体準優勝の実績を挙げたが、意外にも全国高校サッカー選手権には未出場であったものの、県選抜でのプレーから浦和レッズからのスカウトにより卒業後入団。


【プロ入り後の経歴】

2年目よりトップ下やボランチとして年間通じ出場機会を得るようになり、3年目の2004年は鈴木啓太とダブルボランチを組み、2ndステージ優勝に貢献し、個人としてもベストイレブン、優秀選手賞、ナビスコカップニューヒーロー賞を受賞し飛躍の年となった。

2005年から2007年はチームのタイトル奪取に大きく貢献し、天皇杯2連覇、J1優勝、AFCチャンピオンズリーグ優勝、FUJI XEROX SUPER CUP優勝にレギュラー選手として貢献し、この間は2004年から受賞していたJリーグ優秀選手賞を2007年まで4シーズン連続受賞した。


2008年1月1日、ドイツ・ブンデスリーガのVfLヴォルフスブルクに移籍。

1シーズン目から出場機会を増やし、2シーズン目となる2008-09シーズンはボランチに加え、右サイドハーフ、右サイドバックとしてもプレーし、シーズン途中に移籍してきた大久保嘉人と共に、ブンデスリーガ優勝を経験した。(日本人選手としては奥寺康彦以来31年ぶりのブンデスリーガ優勝経験選手となった。)

2009-2010シーズンでは、日本人選手として5人目のUEFAチャンピオンズリーグ出場を果たし、グループリーグ第2節マンチェスター・ユナイテッド戦ではアシストを記録した。

2011-12シーズンでは、ボルシアMG戦で2シーズンぶりとなるリーグ戦での得点を記録し、ホッフェンハイム戦ではGKの退場と交代枠を使い切っていたことから、後半35分から急遽GKを務めることになった。(欧州5大リーグで初めてGKとしてプレーした日本人選手となった。)

2012-13シーズンでは、移籍志願で揉めたことから開幕8試合ベンチ外と苦しい状況があったが、監督が成績不振により変わると状況が変わり、右サイドハーフとしてスタメンプレーヤーとして活躍した。

2013年9月2日、ドイツ・ブンデスリーガの1.FCニュルンベルクへ移籍。

不振なチームの逆襲に向け期待がかかったが上向けることはできず、結局ブンデスリーガ史上初の前半戦未勝利という不名誉な結果に終わった。

自身も1月の日本代表合宿で右膝の半月板損傷により出場ができず、結果チームを救うことができず2部降格となってしまった。

2014年6月2日、ドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトに移籍。

2014-15シーズンは、長谷部自身が望んでいた開幕からシーズン通してボランチとして出場を果たし、現在でもブンデスリーガ移籍後最多の33試合出場を果たした。

2015-16シーズンは、監督が変わり右サイドバックでの出場機会が増え、2016年1月30日の第19節・アウクスブルク戦に出場し、奥寺康彦に続く日本人史上2人目となるブンデスリーガ通算200試合出場を達成した。

2016-17シーズンでは、3バックの中央であるリベロとしての出場機会が増え、3月5日の第25節のフライブルク戦の出場で、奥寺康彦が保持していたブンデスリーガにおいての日本人最多出場記録を更新した。

2017-18シーズンは、前シーズンからの左すねと右膝の怪我や手術により約5カ月間公式戦の出場がなかったが、スタメンプレーヤーとして活躍し第20節のボルシアMG戦ではフランクフルトでの出場試合数が100試合に到達。

DFBポカール決勝のバイエルン・ミュンヘン戦でスタメン出場し優勝に大きく貢献した。

2018-19シーズンは、リベロとしての出場を重ね、UEFAヨーロッパリーグでは下馬評を覆しチームのベスト4出場に貢献し、EL優秀選手に選出される。


個人としてはドイツのサッカー専門誌「キッカー」でベストイレブンに選出された。

その後も継続的にリベロとして不動の立ち位置を築き、2020年5月23日に引退後はフランクフルトでクラブのアドバイザーを務めることが決定したと発表された。

第30節の1.FSVマインツ05戦で、ブンデスリーガにおいてアジア人史上最多の309試合出場を記録し、チャ・ボムグン氏の記録を31年ぶりに更新する。

2021-22シーズンでは、シーズン途中にフランクフルトとコーチングスタッフとしてのキャリアを含む2027年までの新契約を締結し、ヨーロッパリーグ決勝のレンジャーズ戦では後半13分から途中出場しキャプテンとしてチームをまとめ、42年ぶりの優勝に貢献した。

2022-23シーズンでは、UEFAチャンピオンズリーグのトッテナム戦でイングランド代表FWのハリー・ケインを封じたものの、右膝の内側靭帯損傷により満足いくシーズンを過ごすことができておらず、当初シーズン終了後は現役を引退しコーチングスタッフとしてのキャリアを築く予定が、チームによると長谷部自身の意思により現役続行するか否か決められるとのことである。

尚、仮に2023-24シーズンも選手としてキャリアを続行することになれば、40歳での現役選手となるため、元西ドイツ代表GKウルリッヒ・シュタイン氏の39歳を越え、フランクフルト歴代最年長在籍記録更新となる。


【日本代表としての経歴】

2006年2月11日の親善試合のアメリカ戦で後半途中出場を果たし、フル代表での初キャップを記録した。

2007年以降は代表に漏れることが多かったが、2008年の岡田武史が監督に就任してからは継続的に代表に選出されるようになり、遠藤保仁とのダブルボランチを形成し日本代表の中盤を構築していった。

2009年には、南アフリカワールドカップ最終予選を突破し4大会連続4回目の出場決定に大きく貢献し、11月18日のアジアカップ最終予選・香港戦では代表初得点を記録した。

2010年に行われた、南アフリカで行われたFIFAワールドカップの日本代表メンバーに選出され、長らく務めていたゲームキャプテンを中澤佑二に代わり指名され、全4試合でフル出場を果たし、ベスト16進出に多大なる貢献を果たした。

10月8日の国際親善試合でのアルゼンチン戦では、岡崎慎司の決勝点を呼び込むミドルシュートを放つなど、歴史的勝利に大きく貢献する。

次期政権であるアルベルト・ザッケローニからも引き続きキャプテンに指名され、2大会ぶりのアジアカップ優勝に貢献。

グループリーグのシリア戦では、代表2得点目を記録した。

2014年のブラジルで行われたFIFAワールドカップのメンバーに選出され、全試合スタメン出場を果たしたが、健闘虚しくチームはグループリーグ敗退となってしまった。

2017年は怪我の影響で代表でのプレー機会に恵まれなかったが、ワールドカップ出場のかかった8月31日のアジア最終予選・オーストラリア戦で代表復帰しゲームキャプテンとしてフル出場を果たし、ワールドカップ出場に貢献した。

2018年に、ロシアで行われたFIFAワールドカップに選出され、キャプテンとして全試合に出場し、ベスト16進出に大きく貢献し、大会終了後に、今大会限りでの代表引退を発表した。


【ストロングポイント】

1. 高い戦術理解度

日本代表だけでなく、所属クラブでもゲームキャプテンを務めるなどリーダーシップに定評があり、その理由として高い戦術理解度からチームを牽引する力があるためである。

ボランチだけでなく、右サイドハーフやリベロなど様々なポジションで自らの能力を最大限発揮できるだけでもなく、中盤や最後尾からの指示などでチーム全体をフィールド上から指示する、まさにピッチ上での指揮官と言っても過言ではないほどの絶対的な存在感がある。

実は、Jリーグ時代は攻撃的な選手であり、アグレッシブにドリブルを仕掛けて局面を打開していく選手であった。

だが、ドイツに移籍してきた際に、「ああいうドリブルで行くようなプレースタイルは、ドイツでは(DFの体格が大きく)ボールを失う場面が多くなり、変えていかないといけないなと。」メディアに語っており、このような適応力の高さから、自分自身の強みを活かすための戦い方を心得ているのではないかと思われる。

ドイツでも様々な監督において、レギュラー選手として支持されており、豊富な経験値から蓄積されたストロングポイントであり、選手として長いキャリアの構築において大きな力となっている。


2. 危機察知能力の高さ

長谷部は元々攻撃的な選手であったことから、自陣バイタルエリアでの危機察知能力が非常に高く、豊富な運動量から90分通して頭と体を動かし、ピンチの芽を詰むことができる。

それは、30代後半とベテランに差し掛かっている今もなお健在であり、2019-20シーズンの第24節に行われたブレーメン戦では、センターサークル内で縦パスを受け取ろうとしていた大迫勇也の背後から忍び寄り足元でインターセプトし、ピンチの芽を積んだだけでなく、ショートカウンターのきっかけとなり結果としてアンドレ・シウバのゴールを生み出すことができた。

攻撃的な選手を経験したからこそ、相手の嫌がるタイミングや場所でボールをインターセプトし、チームの流れを作り出す力も備わっている。


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